田子ノ浦にある富士塚を訪れた。ここの海岸は薄く丸くなった石ばかり。この石を富士山登拝の出発点として積み上げていったのがこの富士塚。私たちはこれから富士山に登るわけではないので、本物の富士山と重ねて拝ませていただいた。富士塚のまわりは吉原という古くからの地域。海から少し高台となったところに家が密集している。その向こうは工業地帯。煙突から煙を上げた工場、石油タンクを並べた工場が立ち並ぶ。富士山が少し見えにくくなるのは残念だけれど、これはこれで味わい深い光景。
岳南電車というローカル線が走り、哀愁漂う夕陽の映える街並み。コンクリートと鉄サビが懐かしく、どこかで見たような昭和な居間の、テレビを囲んだ家族団欒の絵が妄想される。小さな古い電車が線路を軋ませながらカタコトと走り、工場の隙間に富士山がちらりと見えて、線路の傍にはタンポポが咲いている。改札に1人の駅員さん。シルエットになってポツりポツりと降りていく人から切符を回収している。降りてくる誰かを待っている子供。気がつくと街灯がクリーム色に染まり、お惣菜を並べた○○商店でコロッケを1つ。食べながらあてもなく。
工業地帯を抜けて富士山の方角へ向かえば、車が行き来する幹線道路とロードサイド店が並ぶ地域。商品名を連呼するノボリが立ち並び、薄白いLEDの光がすべてを均一に照らす。無表情にPOS化された店員。スマホを弄る影。無言で買い物を済ませるマスクの人たち。声を発しない鉄の車が看板の光を反射させながら流れていく。
翌朝。富士山がきれいに見えている。幹線道路を離れると茶畑が点在してきた。農家さんの家と小さなトタン壁の工場。集落を右へ左へと縫う道では道祖神が出迎えてくれる。疾走する軽トラの甲高いエンジン音。荷台の草刈り機。朝から働く長靴の皆さん。標高も少しずつ上がってきている。家は少なくなり、畑が広くなる。そして坂は傾斜を増してくる。大きな石で積まれた石垣でひと休み。ふた休み。風は冷たく、陽はあたたかい。
もう少し登る。あと少しのはず。大きなカーブのあとは竹林。そして見えてくる冨士山興法寺、村山浅間神社。富士山登拝の玄関口。少し先から来た道を眺めると、海と工業地帯、幹線道路、畑と集落が波のように広がる。空には鳶が飛んでいる。いままでの道。これからの道。その道の行く先には少しだけ厳しさを増した赤黒い頂が、温厚に手招きをしているようであった。